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道は『此処』にある

どれ程渇望しても得られないものがあるのだとしたら
どれ程祈念しても理不尽にも踏みにじられるのだとしたら

『此処』から身動きすらできずに私は朽ちてゆくのだろうか

どれ程渇望しても得られないものがあるのだとしても
どれ程祈念しても理不尽に踏みにじられるのだとしても

『此処』にいる私自身のすべての結果なのだから

『此処』に至るまでにした選択の繰り返し
『此処』にたどり着くまでに歩いた道の果て

他の誰でもない私自身が導いたもの

どれ程渇望しても得られないものがあり
どれ程祈念しても理不尽に踏みにじられ
それ自身が私なのだとしたら

私の選ぶべき道は『此処』にしか繋がってはいない

その為にあり
その為におり
その為にいる

私は『此処』にしかいられないのだと、気づいた

そうでないが故に信じるもの

私は『特別』なのだと思っていた

誰だって誰かの『特別』になりたいでしょう
誰だって世界の『特別』になりたいでしょう
誰だって全ての『特別』になりたいでしょう

選ばれし私の未知なる力を解放すべき時がくる
私にしかできないことが待っている
私が『特別』であるが故に苦悩する

ちっぽけな私がなけなしの虚勢を張って立つ
私は『特別』なんだと声を限りに叫ぶ

私は『特別』であるべきだ
私は『特別』なのだから
私は『特別』だと信じていたかった

そうしないと
現実というものに押しつぶされてしまいそうだったから

誰にも見向きもされない石ころなのだと解ってしまえば
ここにいるべき意味すら見いだせなくなるから

私は『特別』なんかではなく
私は『特別』になんかなれなくて
私は『特別』だと思い込むことさえ出来なかった

だからこそ私は
石ころを拾い上げようと思う

私は『特別』にはなれなかったけれど
私の『特別』がいつか見つかると信じているから
そう、信じていたいから

明日を思う、明日を願う

自動ドアの向こう側は灼熱のようだった
あまりの暑さに思わず声が出た

駐車場へ向かう道に人はまばらで
すれ違う人は大きな荷物を持っていた

私の出てきた大きな総合病院は
誰でもおいでと手招いているようで
それでいて一切を拒むかのようにそびえ立っていた

甲高い声が聞こえて視線をやれば
父親と手を繋いだ女の子がいた
ぴょんぴょんとスキップをするように歩く女の子
ワンピースの裾がふわりふらりと揺れる
父親を見上げる横顔が眩しくて
繋いだ手と手が時折跳ねる
誰かのお見舞い帰りだろうか

飛ぶように歩く女の子
楽しそうに繋いだ手を振る父と子

たまらなくなって
私は視線をそらして俯いた

とても、やせ細った手だった

あんなに大きくて力強かったのに
ベッドで寝たまま目も開けず
触れた手のあたたかさでまだ生きているのだと実感した

父は
忙しくて厳しい人だった
よく怒られたしたものの褒められることは少なかった
一緒に出掛けた記憶もほどんどない

一度だけ
家族で動物園に行ったことがある
私は転んで泣いて
わんわんわんわん泣いて
そんな私を父は抱きあげてくれた
そのまま肩車をしてくれて
自分の視界よりずっとずっと高い場所からの眺めが
ものすごく綺麗で息をのんだ

とても、やせ細った手だった

私を抱き上げ肩車をしてくれた手は
病院のベッドでひっそりとあった

先ほどの父と子を思った
あんな風に
あんな風だったのだろうか
多分、違う
けれど
あの時の手の温かさはきっと今でも、ある

明日も来よう
目は覚めないかもしれないけれど
両手でぎゅっと父の手を握ろう

とても、やせ細った手を

私は時折逃げたくなる

私は時折逃げたくなる
何も話したくなくなるし
何もしたくなくなる
生命維持の最低限だけの労力だけがある
私は時折泣きたくなる
何も話せなくなるし
何もできなくなる
生命維持の最低限の労力だけは手放せない
私は時折逃げたくなる
私は時折逃げたくなる
全てをかなぐり捨てて走れたら
何もかもを放り投げて拒絶ができたなら
私は時折逃げたくなる
私は時折逃げたくなる
私は時折逃げたくなる
私と言うもの全部が消えてしまえたら
私がいた痕跡すらもなくしてしまえたら
私は時折逃げたくなる
私は時折逃げたくなる
私は時折逃げたくなる
私は時折逃げたくなる

捨てられや、しないのに
まだ、期待しているのに
そんなもの、詭弁だと知っているのに

私は時折逃げたくなる
でも、私にはそれが、できない

“全て”をなかったことには、できない
“全て”をなかったことには、したくない

私は時折逃げたくなる
けれど、

私は……戻りたい

そして私は嘘となる

泥船の上で叫ぶ私を滑稽だと思うかい?
沈みゆく汚泥の中でもがく私を愚かだと笑うかい?
ちっぽけな世界で何も知らない私を可哀相だと嘆くかい?
捨てる程の心もない私を虚しいと蔑むかい?
死にたくないとみっともなく泣く私を意味がないと切り捨てるかい?
いっそのこと私を殺し尽くしてそれが真実だったと騙すのかい?

夜中の救いとそれだけが

あなたしかいないのだと縋ってみればよかったのだろうか。と考えてはみるものの、そんなことはできっこないのは自分が一番よく知っている。思えば他人というものに期待しすぎていたのだと思う。自分が自分である為に他人を利用する。それは簡単かつ楽な方法で、それ以外のやり方は知りえなかった。自分の両手は微弱で貧弱で、そう思い込めば何だってできた。心も体も自身と切り離してしまえば楽になった。それは、自分ではないのだと念じればいいだけ。念じなくてもそうあることが普通になってしまえば後は機械のごとくこなしていくだけ。ライン仕事と一緒だ。そうして自分というものを今一度作り上げた先にあったもの。それすら虚構にすぎなくて、それすら自分なのかと解らなくなっていて。朝も昼も夜も一緒になってしまった自分に、あなたは夜中を教えてくれた。
結局、そう、自分は誰かに依存することで存在していたのだ。
あなたしかいないのだと声を上げた所でそんなものは薄っぺらい吹けば飛んでいくようなもので。そうして少しずつ流れ出ていったものは最早自分であったものなのかどうなのかも解らない。解らないことは怖いことだと思っていたが、それもそのうち麻痺してしまった。あなたの為に自分はあるのだと暗示をかけることで心地よい幸福に浸れた。この上なく幸いで天にも昇るような気持ちよさ。それだけが自分を自分たらしめる。それだけが自分がまだ存在するのだと思わせてくれる。それだけが、私、を、

それ故に存在するもの

捨てるのは簡単だ
言葉も夢も愛も心も
いらないと思えばいつでも捨てられる

手に入れるのは簡単だ
彼方も意味も情も己も
必要だと思えばどうにかして手に入れられる

手放せば手に入るちっぽけな物は
真心のように不確かで揺れ続けて

それでもきっと
私にはそれこそが私である証なのだ

謝罪という名の拷問

突きつけられた感情を嚥下する暇すらなく
怒涛のように流れ込む言葉は心を突き刺す
何も考えていないわけでも知らないわけでもない
考えて知っていて思ったからこそここにいる
勝利せよと突き動かされるようにまろび出た先に
この上なく不機嫌そうな君を見る

後悔という無慈悲な反省よりも
何ができうるのかを行動で示せと

ふくれっつらで君はため息をついた

無意識にかみしめた唇から息とともに

「ごめんなさい」

何よりも言いたくない負けるような気がして気が遠くなる
その言葉を、絞り出した

考えるだけ無駄なことはいつも、

何故もこう愚かなのだと罵られ
その存在こそが不必要なのだと嘲笑う
意味もないのにここにいることは
塗りつぶした顔から背ける行為と違うのか

何度も言われたその”意味”を
“意味”を”意味”を”意味”を
考えたところでそれこそ”意味”がないことだろうに

ここにある全てはほろほろと零れ落ちてゆく
足場をなくした今はどこへも行けずに嘆く
いるべきではないのはわたしかあなたか

そうあるだけの”意味”を彼らは持ちえない

 

(初出:2018.3.30)

魂への恋文

帰っておいで
帰っておいで
いつでも
どこにいても

帰っておいで

君に似た人を見かけると魂を持っていかれる気がするんだ

私の手から抜け出したあの透明な無色な殻は
ひび割れて壊れて霧散した

君に似た人とすれ違うと魂を鷲づかみにされてしまうんだ

私の手から抜け出したあの無垢な純粋な目は
狂気を帯び壊れて浮遊した

帰っておいで
帰っておいで
いつでも
どこにいても

帰っておいで

お願い
帰って、来て

 

(初出:2018.3.30)

欠けた全てを捨てる日

感じるままにあれと君は言うけれど
それほどまで何かを感じることなどないのだとしたら
僕は何か欠落したままあるのかもしれない

あざとい女は陳腐だけれど心地が良くて
本意を隠した女は気持ちが良いが冷たい

凍えた心を抱きしめ走ったところで
どうせ君にはたどり着けないんだろ
だったらもう僕は僕を捨ててしまえよ
形のない愛などリップサービスにもなりはしない

感じるままにあれと僕は信じたけれど
それほどまで何かを思い悩むこともないのだとしたら
君は全てを持ち去ってしまったのかもしれない

 

(初出:2018.3.30)

引き回しの孤独

完璧を是とする愚かしい前提は
無駄という愚者の行為を嘲笑う

ひとつ話をしてやろうと囁いた
無垢な感情など唾棄すべきだと

零よりいでし残骸など虚しくて
その身より零れ落ちる後悔の念

心に巣くう虚無とて求めうるに
ただそれだけのことを信じるか

知るべきものを知らず打ち捨て
流れ出てゆく時間と嘆きを乞う

不可思議妙に耐えず蝕み転がり
それこそが本質だろうにと笑う

 

(初出:2017.9.26)