左様なら

2019年1月22日

 私は、人形の髪の毛を切っていた。
 ジャク、ジャク、ジャク、ジャク、ジャクジャク。
 鋏を入れる度に、髪の毛はどんどん短くなる。
 ジャク、ジャク、ジャク、ジャク、ジャクジャク。
 長かった髪の毛はみるみる短くなり、短くなりすぎて鋏が入らなくなる。
 それでも私は、髪の毛を切り続ける。
 短くなりすぎた髪の毛を一本一本、無理矢理鋏でつかんで。
 ジャク、ジャク、ジャク、ジャク、ジャクジャク。
 髪の毛を切られた人形は無残な頭になった。
 ほとんどなくなった髪の毛。
 私は。
 その僅かな髪の毛を、そっと撫でた。
「切ったから、揃えないと」
 そっとそっと、髪の毛を撫でる。
 短いから上手くはいかない。
 けれど、きれいにきれいになるように。
 ひどい髪の毛になった人形が、ぽっかりと空いた作りものの瞳で見ていた。

 ああ、私は。壊したいのかもしれない。
 髪の毛を切って切って切りまくって。
 なくなった髪の毛をなかったかのように、揃える。
 見上げる瞳は驚くほど静かで、何もなかった。

 

 足がすくんだ。
 自分が何を見ているのか、暫く解らなかった。
 コレは何だろう何が起こっているのだろう。
 そもそも、自分はどこに立っているのだろう。
 歩いて来たのだろうか。飛んできたのだろうか。誰かにつれて来られたのだろうか。
 いつの間にか。気づけば、ここにいた。
 そして、コレを見ている。

 いつも通りだった。何も変わらない、日々。家に帰れば笑顔があった。ただいま、と言えばおかえり、と返る。どうということもない日常があった。
 ひとりではないのだと思えば嬉しかった。

 ひどく恐ろしかった。怖くて怖くて心臓の音が体中に響いていた。呼吸をするのが難しく口から吐いた息がやけになま温かかった。
 私は、一体何を見ているのだろう。
 私の目に映るものは、一体何なんだろう。
 ああ、目が、合った。

 

 人形。
 そう、それは人形だった。
 私が、髪をジャク、ジャク、ジャク、ジャク、ジャクジャクと切った。切った後、そろえた。
 人形の隣に真っ白なものが落ちていて。ひどく白く白く何色にも染まらない白すぎる何かが落ちていて。布だろうか。ふわりふわりと風もないのに揺れている。
 私はそれが、何だか解っていた。
 人形の着ているものを見れば解りきったことだった。
 白い、どこまでも白く白く白すぎる……白無垢。
 人形は、婚礼衣装を着ていた。白無垢に、見るも無残な髪の毛。
 落ちていたのは、綿帽子。
 白無垢と髪の毛がとてもアンバランスで。人形の目がうつろにこちらを向いている。
 目が合った。筈なのに。人形と私の視線は合っているようで合っていない。
 その人形の左にも、人形が居た。
 紋付き袴の、同じ顔をした人形が。
 ――そちらは髪の毛が、なかった。
 ぽっかりと空いた目は私の方を見ていた。
 私は二体の人形から目が離せず、動けずにいた。
 婚礼衣装を来た二体の人形。
 なぜだか、なぜだか、とてもとても怖くて足がすくんだ。

 影は唐突に私の目に入ってきた。
 二体の人形を後ろに。
 いくつもの影。
 ゆら、ゆら、と揺れている影。
 目が、勝手に焦点を結んでゆく。やめて、それは見ちゃいけないと脳が言っている筈なのに目は確実にそれを拾ってゆく。焦点が像を結ぶ。影は形になり、形は色になりモノになり、私の中で“何”かが判明する。
 いくつもの揺れる影は人形だった。
 何体も何体もゆらゆらと。
 身動きしない婚礼衣装の二体の人形の後ろの上の方で。ゆら、ゆら、と。
 人形は全て、首を吊っていた。
 天井から垂れさがるようにして揺れていた。
 息が、私は息の仕方が一瞬解らなくて。
 でも唐突に気が付いた。

 

 人形。
 ――ああ、そうか。
 死んでしまったのか、と。

 

(初出:2012.10.18)