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私は時折逃げたくなる

私は時折逃げたくなる
何も話したくなくなるし
何もしたくなくなる
生命維持の最低限だけの労力だけがある
私は時折泣きたくなる
何も話せなくなるし
何もできなくなる
生命維持の最低限の労力だけは手放せない
私は時折逃げたくなる
私は時折逃げたくなる
全てをかなぐり捨てて走れたら
何もかもを放り投げて拒絶ができたなら
私は時折逃げたくなる
私は時折逃げたくなる
私は時折逃げたくなる
私と言うもの全部が消えてしまえたら
私がいた痕跡すらもなくしてしまえたら
私は時折逃げたくなる
私は時折逃げたくなる
私は時折逃げたくなる
私は時折逃げたくなる

捨てられや、しないのに
まだ、期待しているのに
そんなもの、詭弁だと知っているのに

私は時折逃げたくなる
でも、私にはそれが、できない

“全て”をなかったことには、できない
“全て”をなかったことには、したくない

私は時折逃げたくなる
けれど、

私は……戻りたい

交わらない世界で

可哀そうな女だ、とあなたは言った
どんなにお前が想っても想っても気づいてもらえないのは可哀そうだ、と
そういうものなのだろうか
私はあの人のことを想うだけで心があたたかくなる
私はあの人のことを考えるだけで嬉しくなる
それでもお前の存在をあいつは知らないのだろう
それは切ないことじゃないか、と
私はあの人を見るだけでいいのだ
私はあの人を感じるだけで幸せなのだ
私にとってあの人はそういう人だ
でも、本当は気が付いてほしいだろう、とあなたは言う
こちらを向いて笑って、抱き合って、本物のあたたかさを感じたいだろう

私にとってそれは、許されないこと

可哀そうな女だ、とあなたは繰り返す
お前の存在は抹消されてしまっているのに、それでも想うのか
お前がいたことすら忘れてしまっているというのに
それでも私は、あの人のことを覚えているだけでいい
あの人は決して私のことを思い出さないだろう
それでも私は、あの人のことを想うだけでいい

やっぱり可哀そうな女だ、とあなたは泣いてくれた

堂々巡りの現実

 一番落ち着く場所はトイレなんだと言ったらそうか、と頷かれた。
 確実に一人になれる場所というとここしかないじゃない。そう力説したら、まあそうだよねぇ、と笑った。
 便座に座ってカタログめくるのが至福なんだよ。換気扇のパタパタする音を聞きながら、今日の夕食何にしようとか考えるのがいいんだよ。そろそろトイレットペーパーの補充もしないとなぁ、って結局現実からは逃れられないの。
「ああ、なんだ。現実から逃れたいのか」
 合点がいったとばかりに言葉にされて、私は「そういうわけじゃないんだけどね」と悪あがきをする。
 そうそう、そういうわけでは、なんだよ。
「そうじゃなくて、何ていうか、現実がうすぼんやりしているというか」
「うすぼんやり、ねぇ」
 自分でも上手くできない感覚を読み取ってもらおうというのが無理というものか。
 もてあましている“何か”を一人で整理できないから、こうして誰かに話してまとめようとしている。付き合ってくれて、ありがとう。
「ま、でも。うすぼんやりでもいいんじゃないの」
 現実ってそういうことあるしね、と何て事ないように言われてしまった。
 うすぼんやり。自分で言ってみて、妙に座りが悪い。地に足がついていないのか、ふわふわして実感が伴わないのか。自分が自分をやっているのが、少しだけ疲れているのだろうか。現実というものを肌では感じていても、あいまいな、自分の存在がわからなくて困っているようだ。こうしてぐちゃぐちゃと考えていることも、現実なんだろうけれど。
 とかく、自分が“生きている”ことが重くて怖くて投げ出したくなることが、ある。
「ヒマなんだよ、それだけ」
「だよねぇ。時間があるからあれこれ考えちゃって」
「ん。ちょっと羨ましい」
 さらりと言われたのに、私は上手く反応ができずに流してしまう。
 結局、とどのつまり、私はヒマなんだと思う。一人現実がどうのと考えるだけの余裕があるんだろう。明日をも知れぬ身ならば、今をどうするかしか考えないだろうし。平日の昼間からこうして自宅でお茶を飲みながらソファーに寝転がっているのだから。
 堕落した人生。などと、恰好良く言ってみたものの、ただのニートだ。
 このままではいけないと思うには思う。けれど、現実、このままできてしまっている。
「先のこと考えたら、このままじゃいられないと思うけれどね」
 ご尤も。
 まずは、そう。簡単なことからでもはじめないと。うすぼんやりとした現実から、逃げ出す? 抜け出すことを考えないと。
 その為に、私にできること。
 湯のみのお茶を飲み干す。ソファーから起き上がり、キッチンへ。湯のみを洗って、ついでに急須も片づける。玄米茶はやっぱりおいしいよねぇ。お茶の葉もそろそろ補充しなくちゃだし。
 外は晴天。上着を着る。
 とりあえず。
 外へ、出よう。

 

 外へ。出た。
「……」
 反射的に、しまったと思った。
 我ながらとんでもなくわけのわからないことをしてしまったものだ。
 このままでは駄目だと思ったので、引きこもっていた家から出てみたのだ。ヒマで時間をもてあましているので――本来なら時間をもてあますなど贅沢すぎて刺されても致し方ない所業だろう――何かをはじめようかと重すぎて困っていた腰を上げてみたのだ、が。
「帰りてぇ」
 俯いたまま地面の石ころと目が合った。きみはこんな所で何してるの? ああ、転がっているのか楽しいのかい。私も転がる人生なんてちょっとやってみたい気がするよねぇ。実際そんなことになったら、どうしようもなくなって殻に閉じこもるんだろうけれど。
 駄目だ駄目だ駄目だダメだ!
 太陽の光が眩しいし。人とすれ違っちゃったし。車が追い越して行ったよ。ああ、無理。ムリムリ。
 萎えかけた心を立て直すのは難しいのだと感じた。それでも前へ、と思えたらどんなに楽だろう。
 人間には立ち向かう力があるんだよ。
 うん。それは、時と場合によるよね。
 現実から逃れたい。生きるの重い。適当な理由をつけて、ダラダラしたかっただけ。面倒くさくて楽をしたくて。いかに手を抜くかを考えて。
 そんなこと考える間に動けばいいのだけれど。私の体は本当に重くて困る。何度も脳に指令を送るのだけれど、シナプスさんちょっと頑張って下さいよ、とまた他人任せ。いやいや、私の体って私が動かしているんでしょうに。
 結局。とどのつまり。
「変わんないよね」
 外へ出たからといって劇的に変わることなんて、ない。分かってはいるのだけれど、少しだけ敗北感。自分の心の問題は自分自身で折り合いをつけるしかないわけで。
 要は、気分転換。
 うすぼんやりとした現実はうすぼんやりとしたまま。
「そういうもんかね」
 思い切って顔を上げたら風が吹き抜けた。そういうことなのか、と思った。
 お茶の葉を買って帰ろうと思った。けれど、上着のポケットを探っても財布がない。忘れてきたようだ。全く、何をしに外へ出てきたのやら。
「抜け出すのも簡単じゃないよねぇ」
 そんなに簡単なことではないのだ。もっともっと時間をかけなければならないのかもしれない。もっともっと切羽詰まらないといけないのかもしれない。もっともっと勇気をもったり意志の力を示したりなんてことないのだと思わなければならないのかもしれない。
 荷が重い話だ。
 ため息はやめておこう。幸せが逃げるらしいから。
 無性にトイレにすくみたくなった。

 

「おかえり」
「ただいま」
 それきり何も言われないので、私はほっとする。
「はい、どうぞ」
「ん」
 無造作に渡されたのは、カタログ。お茶の葉買ってこなかったよね、と決めつけで言われた。その通りなので頷いておく。財布置いてくとかどんだけ抜けてんの、と笑われた。本当に仰る通り言う通り然り大正解。
「ごゆっくり」
「……どうも」
 ありがとう、と言うのはおかしい気がしたので曖昧に返した。
 こんなもんだろ、私の人生。
 とりあえず、トイレのドアを開けた。

 

(初出:2015.4.27)